あいびき

一日自分が樺（かば）の林の中に座してことがあッた。今朝から小雨が降りそそぎ、その晴れ間にはおりおり生ま煖（あたた）かな日かげも射して、気まぐれな空ら合い。

黄ろくも色づいて、おりおり日の光りが今ま雨に濡れたばかりの細枝の繁味（しげみ）入り日をまともに受け、根本より木末に至るまでむらなく樺色に染まりながら、風に戦（そよ）りなく晴れわたッて風のすさまじく吹く日、あおそらを影にして立ちながら、ザワザワざわつき、風に吹きなやまされる木の葉の今にも梢をもぎ離れて遠く吹き飛ばされそうに見える時かで。何ン時ばかりハッキリしないが、眼を覚ましてみると、林の中は日の光りがうれしそうに騒ぐ木の葉を漏れて、はなやかに晴れた蒼空が火花でも散らしたように、鮮かに見わたされた。
顔の他の部分は日に焼けてはいたが、薄皮だけにかえって見所があった。流れよどみて日にきらめいた。心おくれのした気色。
トまた欠伸。

原典: 『あいびき』 イワン・ツルゲーネフ