愛と認識との出発 異性の内に自己を見いださんとする心 上

私らは心をおどらし肩を聳かすようにした。
私は認識論の煩瑣な理論を書くことを欲しないが、その頃の私は底に心を潜ませていた。

心を動かす根本的の力を欠いていた。
考えは出なかった。
私は郊外へ出た。
生命と生命とが自他の区別を消磨しつくし第三絶対者において生きんとする心である。
花の心を知る。心こそ愛である。
我欲な戦闘的な蕭殺とした私の心の緊張はやわらかに弛み、心の小溝をさらさらとなつかしき愛の流れるのを感じた。私はその穏やかな嵐の後の凪のような心で春を待った。安易な心の状態は長くはつづかなかった。
心が中心点を失うて右往左往するようであった。
神ありたればとてわれにおいて何かせん。山から帰ってから、私の心はいっそう淋しくなった。
生を私は立っても、坐っても、寝ても心が落ちつかなかった。
私は異性に対して寛大な、忠実な、熱情ある心を抱いていた。心に死を肯定せしむるほどなる女はないか。

原典: 『愛と認識との出発』倉田百三