ああ玉杯に花うけて 七

「夜学だけならかまわないよ、お宮の近くに夜学の先生があるだろう」「黙々（もくもく）先生ですか」「うむ、かわり者だがなかなかえらい人だって評判だよ」「こわいな」と千三は思わずいった。
千三は中をひらいた。

……日（ひ）……新（しん）……日（ひ）……日（ひ）……新（しん）又（また）日（ひ）新（しん）
「眠い人があるか」「あります」と千三が手をあげた。
「寒いなあ」と千三（せんぞう）は思わずいった。
「お母（かあ）さん」　千三はだき起こそうとした。
「なんだ、碁を打ってるのにおやすみだなんて」　こう千三は思った。
「待てッ」と千三は呼（よ）びとめようとしたがじっと下くちびるをかんだ。
「おい、君のおけの上にこれを載（の）せてくれ」　千三はだまって一礼した。
「先生！　ぼくがかついでお宅（たく）まで持ってゆきます」　と千三がいった。
日が暮れかけて家の中は薄暗かった、千三はわらじをぬいで縁端（えんばた）に座った。

原典: 『ああ玉杯に花うけて』 佐藤紅緑