アイヌ神謡集 谷地の魔神が自ら歌った謡「ハリツ クンナ」

日に好いお天気なので私の谷地に眼と口とだけ出して見てところが浜の方から人の話し声がきこえて来た．
泥の中から飛び出した．

私が飛び上ると地が裂け地が破れる．
杖，かねの杖をふり上げて私をたたくと，杖から焔が私の上へ雨の様に降って来る．
けれども私はちっとも構わず，牙打ち鳴らしながら彼の男を追っかけると，彼の男は村の中をまわる環の様に走って行く．
村中は妻の手を引く者，子の手を引く者，泣き叫び逃げゆくもの，煮えくりかえるようなありさま，けれども私は構わず，土吹雪をたてる，火の老女神は私の側を走って来ると大へんな焔が，私の上に飛び交う．
その中に，彼の男は一軒の家に飛び込むと直ぐに飛び出した．
見ると，蓬の小弓に蓬の小矢をつがえてむこうから，ニコニコして，私をねらっている．
私は魔神であったから今は地獄のおそろしい悪い国にやられたのだから人間の国には，危険も邪魔ものもないであろう．
　と谷地の魔神が物語りました．

原典: 『アイヌ神謡集』 知里幸惠編訳